何者にならなければならないというかつての人生の目標がありました。
曖昧なものでもあり、何かで爪痕をのこさなければ…。。。
そのためにがむしゃらに筋トレをやってきました。
はじめた高校生のころからすれば理想以上の身体にはなれた。
でも上を見たり比較すればするほど際限がない。
未来や理想を目指すのは素晴らしいと過去の記事でも書いた記憶があります。
でも最近思うこと。過去や存在しない未来を見すぎるあまり、今を生きれてないのではないか。
音楽に例えると、最後の一音を目的に聴きますか?
音楽そのものその時流れている歌詞だったりメロディを聞くんではありませんか?
人生、最後に俺は何者かに成れた。と言って終わるのですか?
今あること、感覚、匂い、視覚、それを最大限に楽しむこと。
人生に意味を求めてしまったら、感情の蟻地獄に落ちてしまいそうで。
意味などなくていい、そこに咲く花は意味など求めていない。ただ咲いていることがあるだけで美しい。
何が言いたいかって、その時々。プロセスを楽しんでほしい。
プロセスなどないかもしれないけど、結果行きついたところから見ればそれがプロセスだったと見えること。
幸せは自分の中から。結果とか外から得るものではないなとつくづくおもいます。
